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『20年後、あなたはやったことよりやらなかったことに失望する』。米国の作家マーク・トウェインの言葉

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538 :おさかなくわえた名無しさん:2011/10/08(土) 12:20:00.88 ID:5pP2rRjY
たまには毛色の違う武勇伝も。コールセンターの女性を泣かせてやった話です。

みなさん、朝食は普通パンやごはんを食べられる方が多いのではないかと思いますが、
私はちょっと特殊で、毎日餅を焼いて食べています。真夏でも真冬でもです。
切り餅2kgのお徳用パックなんかを買って、大体毎朝4切れくらい食べているのですが、
磯辺焼きは本当に美味しくて、10年近く食べていますがまったく飽きる気がしないです。

ある朝、「こんなに美味しいものを毎日食べさせてもらっているのだから、
メーカーに感謝の気持ちを伝えなければ!」と唐突に思いたったので、
袋に印刷されているお客様相談センターに電話しました。応対は若い声の女性でした。

コールセンター「はい、~~お客様相談センターです」
私「お忙しいところすみません。いつも御社の餅を食べさせてもらっています」
コ「ありがとうございます」
私「もう毎日のように美味しいお餅が食べられて、本当に感謝しています」
コ「(早く要件を言えよ、的な雰囲気で)こちらこそありがとうございます」
私「もう何年も食べ続けているんですが、これからも買い続けていきたいと思っています」
コ「お客様にそういっていただければ何よりです(そろそろ要件が来ると身構えている感じ)」
私「私の感謝の言葉を、どうか現場の方々にもお伝えください。お忙しいところありがとうございました」

コ「え…えっ!お客様、それだけですか!?」(本当にそういわれたw)

私「ええ、本当に美味しくて感謝しているので、その声をお伝えしたくて…」
コ「あ…ありがとうございます(完全な涙声)」
私「これからもよろしくお願いします(泣くとは思ってなかったからビビる)」
コ「あ、お客様!現場にお伝えしますので、どうかお名前を教えていただけないでしょうか?」
私「ええ、横浜に住む○○と申します。よろしくお伝えください」
コ「本当にありがとうございました。どうぞ今後ともごひいきにお願いします」

きっとつらいことの多い職場なんだろうなあ、と思いつつ、やっぱり電話して良かったと思いました。
個人的には、それから1週間くらい胸がスーッとしました

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「人間が不安を感じるのは、脳の中の扁桃体という部位で、そこで感じる不安が強くなると自律神経の中枢を刺激し、発汗やふるえなどの身体症状を引き起こします。メンタルタフネスやストレス耐性の個人差は、扁桃体の感受性によって生まれるといえるでしょう」 扁桃体が不安を感じ続けると前頭葉にも不調をもたらし、「うつ」が引き起こされる
とのこと。つまり、ストレスやうつ病には、扁桃体の感受性が深く関わっているよう
なのだ。ならば、この扁桃体を鍛えて、少々のことには動じないタフなメンタルを持
ちたいものだが…。 「基本的に、扁桃体の感受性は遺伝や成長期の環境における経験である程度は決まると考えられています。現実生活で注意できることは、睡眠不足やカフェイン、アルコールの摂り過ぎに気をつけることくらい。これらは扁桃体を刺激し、セロトニンの分泌を促してしまいますから。ただそれも悪化させないというニュアンスであって、扁桃体自体を鍛えるのは難しいですね」(同) つまり、社会人になってからメンタルタフネスを強化するのは厳しいということか。思わず落ち込んでしまいそうにもなるが、五十嵐先生いわく「受けるストレスを減らそうとする努力より、受けたストレスをどのように発散するかが大事」だとか。

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完ぺき主義者の人よりも「とにかくやった人」の方が報われる
The world does not reward perfectionists. It rewards those who get things done.

 「まだ問題点があるから、やらない」 → 報酬ゼロ。
 「問題点はあるけど、やってみる」→ 報酬あり。

 「完ぺき」は、永遠に辿りつけない蜃気楼。
 それよりも、走りながらフィードバックをもらって改善。

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ヴィデオゲームがデザインであることは間違いない。これらは自動車の機械系のようなシステムを持つ洗練されたヴァーチャルマシンだ。だとすれば、MoMAがフェラーリやフォード「モデルT」、フォルクスワーゲン「ビートル」などをコレクションに加えることに疑問を抱く人がいるだろうか?

優れたデザインの自動車のように、秀逸なヴィデオゲームは人々の心を異なる世界に導く(もちろん「グランド・セフト・オート」のような自動車ゲームへの理解に関する話ではない)。

ゲームはときにデザインを超えてアートの領域に入り込むこともある。これは、ある場所から違う場所に物理的に連れて行くという自動車の機械的機能に対し、ゲームには物語があるからだ。プレイヤーが進める物語は、ゲームオーヴァーまで続く。それこそが、ヴィデオゲームがアートのように(ジョーンズ氏の定義で言うと)「個人の創造を掻き立てる」部分だ。

ヴィデオゲームは人々を心の旅に導く。そして優れたゲームほど、この旅は受動的なものではなく、よりインタラクティヴにコントロール・経験できるものになる。つまりゲームクリエイターは、自らの個人的な視点をプレイヤーに押し付けるのではなく、プレイヤー自身が個人的経験を築いたり、アートのように「問いかけ」をする余地を与えるのだ。

これはゲームに対する真面目くさった、うやうやしい賞賛などではない。ゲームとはそういうものなのだ。

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この前医師から「休むというのはただゴロゴロしたり寝るだけではなくて、やりたいことをやり、やりたくないことをやらないことですよ」と言われました。いろいろ疲れてる方の参考になれば…

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今回はラリー・ウォール(1954年生まれ)とラリー・テスラー(1945年生まれ)をご紹介します。

ラリー・ウォール。wall.orgなんてドメインを所有している、それだけでなんか神々しい人物。プログラム言語Perl(パール)の開発者である。西海岸のフラワームーブメントを体現するかのような風ぼうを持つ彼のことをクロスビー・スティルス&ナッシュの一員だと言っても誰も疑問に思わないかもしれない。リチャード・ストールマン(Richard Matthew Stallman, 1953年生まれ)しかり、この時代のプログラマには何か共通のメタファーを感じざるを得ないのは自分だけではないだろう。そう、俗にアーティストと呼ばれる職業の人間が持つ、独特の雰囲気があるのだ。浮世離れした風ぼう、数マイル先まで見えていそうな眼。もしかしたらプログラミングというのは芸術の一種だということの証左なのかもしれない。

もう一人はラリー・テスラー。彼がゼロックスのパロアルト研究所にいたとき、ある人物を所内に案内をしたことがあるらしい。その人の名はスティーブ・ジョブズ(1955年生まれ)。このパロアルト研究所への訪問がMacintosh(マッキントッシュ)の製作を大いに啓発したといわれている。なんとも歴史的な橋渡しをしたのがテスラーなのである。テスラーはその後、Appleへ入社。1980年から1997年まで勤務し、最後はチーフ・サイエンティストの肩書を最後にその職を辞している。2001年にはAmazon.comに入社、2005年には米国のYahoo!に移り、UED(ユーザー・エクスペリエンス・デザイン)を主導し、現在はマウンテンビューの会社、23andMeに在籍している。Macintoshの本流にいた人物がこうしてウェブの世界に魂を注入してくれているのは頼もしい限り。

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History of Nintendo.
by Anthony Veloso.

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